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東京高等裁判所 昭和62年(う)474号 判決 1987年11月25日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人山本高行及び同高山俊吉共同作成並びに被告人作成名義の各控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官友野弘作成名義の答弁書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。

第一弁護人の控訴趣意について

一  論旨第二の一について<省略>

二  論旨第二の二について<省略>

三  論旨第二の三について<省略>

四  論旨第三について<省略>

五  論旨第四について

1  所論は、本件オービスⅢは、ループコイル式センサーを使用しているところ、このセンサーは、走行車両の上下動、左右のずれなどによつて、計測上プラス誤差が生ずる可能性があり、その誤差は2.5パーセントの許容性の範囲を超えるおそれがあるのに、これを否定して被告人車の走行速度を時速一二二キロメートルと認定した原判断には事実誤認がある、というものである。

2  そこで検討するに、関係証拠によれば、本件オービスⅢは、原判決弁護人の主張に対する判断二の二に判示するごとく、自動車が通過した場合、6.9メートルの間隔で設置してあるスタートループとストップループのセンサーで車両の通過を感知し、その検出信号の時間間隔を計測して自動車の速度を算出し、あらかじめ設定された速度以上の自動車については、カメラが作動して、同一フィルム上に測定速度等のデーターとともに当該自動車を撮影、表示するものであること、しかし、このループ式センサーは、ループ上を通過する自動車によるインダクタンス変化を感知することによつて検出信号を発するものであるため、自動車の上下動、左右のずれ(横ずれ)などによりその感知に若干の差異を生じ、計測速度にもそれに応じた誤差が生ずる可能性があるものであること、メーカーにおいて多数回の走行テストを行ない、その誤差を統計学的に処理したところでは、誤差の分布はプラス2.5パーセントからマイナス2.5パーセント以内におさまり、これをはずれるものは統計学的にほとんど零と考えられること、違反者の検挙を目的とする速度測定機においては、プラス誤差は絶対に許されないものであるから、分布の中心をマイナス2.5パーセントのところに置くこととし、そのためスタートループ及びストップループ間の間隔6.9メートルから2.5パーセントを減じたもの(6.9メートル×0.975)を走行距離として速度を算出することとしていること、被告人車を撮影した本件違反現場に設置されたオービスⅢもそのようなものであつて、当該装置について昭和五九年三月二日に行われた一五回の走行テストにおいても、その測定速度の誤差はすべてマイナス2.67パーセントからマイナス3.68パーセント以内にあり(これは被告人車が走行した第二車線のものであるが、本件現場第一車線のものはマイナス2.38パーセントからマイナス3.93パーセント以内である。)、同年八月二四日行われた一五回の走行テストにおいても、すべてマイナス2.79パーセントからマイナス3.54パーセント以内にあり(これも第二車線のものであるが、第一車線のものはマイナス2.42パーセントからマイナス3.81パーセント以内である。)、プラス誤差が生じたことは全くなかつたこと、日本交通管理技術協会において、本件のようなループ式センサーを自動取締装置の速度検出装置として使用することの適性を検討した結果によつても異常はなくその適性が認められたこと、以上の事実が認められる。

3  被告人は、昭和五九年六月一五日午後九時八分ごろ、普通乗用車で本件違反場所を走行中本件オービスⅢで時速一二二キロメートルと計測され写真撮影されたものであるが、被告人は、当時そのような高速で走行していた事実はなく、車の左右のずれ、上下動などによつてプラス誤差が生じた結果である、と主張する。

(1) 最初に、当時の被告人車の走行状態について検討するに、関係証拠によれば、本件違反現場附近の道路は、アスファルトで舗装された平坦な直線道路であることが認められるが、司法巡査大藤孝雄作成の測定記録写真に写つている被告人車の左側前輪及び後輪の接地点を結ぶ線及びその延長線を第一車線及び第二車線を区分する白線及びその延長線並びに第二車線の道路中央分離帯寄りの白線及びその延長線を作図すると、当審第二回公判廷における被告人質問調書添付の図面のようになり、それらの各線が交差しないことによれば、被告人車は、道路に平行にほとんど真直ぐに進行していたものであることが明らかである。被告人は、原審公判廷において、この写真は被告人車が左転把して左側に斜行している状態であると述べているが、これは、撮影したカメラに近い部分が大きく写つているため一見そのように印象されるだけであつて、そのようなカメラアングルの影響を受けない接地点について見れば、それが誤りであることは明らかであり、被告人も当審公判廷においては、前記添付図面を示されて質問された結果、前記写真が被告人車の直進状況を撮影したものであることをほぼ認める趣旨の供述をしている。

また、被告人は、原審公判廷において、前記写真は、被告人車が第二車線の右寄り(中央分離帯寄り)を走行している状態を撮影したものであると述べているが、この写真に写つている被告人車の左右の前輪の外側の接地点を結ぶ線とこの線を左右に延長して第一車線及び第二車線を区分する白線との交点並びに中央分離帯との交点を作図すると、前記被告人質問調書添付図面のようになるが、これは被告人車が第二車線のほぼ中央を走行していることを示すものであり、被告人も当審公判廷においてはほぼこれを認める趣旨の供述をしているのであつて、結局、被告人の原審公判廷における前記供述は採用することができない。

もとよりこの写真は、ストップループ通過後約一五メートル進行した地点のものであるが、その距離と当時の速度が時速一〇〇キロメートルを超える高速であることを合わせ考えると、スタートループ及びストップループ通過時もほぼ右写真と同様の走行状態であつたとみるのが合理的である。この点についても、被告人は、原審公判廷において、4.36度の角度をもつてスタートループ及びストップループを通過したものであると述べているが、この角度は、約二〇メートル進行する間に巾員約3.65メートル(実況見分調書の記載によれば、本件違反現場の上り車線の巾員は7.30メートルであるから、第二車線はその半分と認められる。)の車線の端から端まで移動するものであり、また時間的に見れば、時速一〇〇キロメートルの場合でも一秒を要せずして端から端へ蛇行する角度であつて、このような走行方法は通常の場合には到底考えられないことである。

被告人は、当審公判廷において、以上の矛盾を指摘された結果、本件違反当時どの位置をどのような角度で走行していたかということは言えないけれども、被告人には、ボケッとして走行している場合には、自然に右方向に斜行する癖があり、右に寄りすぎると危険を感じ左転把して修正して走行することを繰り返しているので、本件違反当時もそのような運転であつたと思う旨述べるにいたつているが、その供述の真偽はともかくとして、そのようなものであるとすれば、そのいうところの角度はそれほど大きなものであるわけはなく、速度測定に影響を及ぼすスタートループからストップループの間6.9メートルを時速一〇〇キロメートルを超す高速で進行する場合のスタートループからストップループまでの間に生ずる左右のずれは、極めて僅少なものと言わなければならない。

(2) そこで所論中の車の左右のずれによるプラス誤差発生の可能性について検討するに、本件違反現場附近における被告人車の当時の走行状態は、前記のとおり第二車線のほぼ中央をおおむね直進していたものと認められるから、左右のずれによるプラス誤差発生の余地はほとんどないものと認めるのが相当であるが、仮りに被告人の原審公判廷における供述のごとく、ループセンサー通過時4.36度の角度があり、そのためスタートループ進入からストップループ通過までに52.6センチメートルの左右のずれが生ずるとしても(もつともプラス誤差が生ずるためには、スタートループで感度特性の悪い端の方を進入し、ストップループで感度特性の良い中央部分を通過しなければならないわけであるが、4.36度の角度で、スタートループの端の方から進入しストップループを通過した自動車が、前示のように約一五メートル先の写真撮影位置で第二車線のほぼ中央部分を直進するという走行方法は、時速一〇〇キロメートル以上の高速走行の場合はなはだ考え難いことであるが、そのことはさて措き、)佐瀬攻の原審第一三回公判廷における証言によれば、高さ四〇センチメートルの標準感知体が七〇センチメートル(被告人の主張する52.6センチメートルの横ずれの場合の資料がないので七〇センチメートルのものによる。)横ずれを起した場合、スタートループからストップループまでの距離に七センチメートルの誤差(右第一三回公判廷証人尋問調書添付図1の高さ四〇センチメートルの曲線のインダクタンス変化率0.05の点と図2の同じ高さで七〇センチメートルずれた場合の同じインダクタンス変化率の点との差)が生ずることに相当するということであるが、これの六九〇センチメートルに対する割合は約一パーセントである。したがつて左右のずれによるプラス誤差は、仮に被告人の主張によつて検討しても、一パーセント以内にとどまることになる。

(3) また所論は、車体の上下動によるプラス誤差の可能性を指摘し、実験の結果によれば、被告人車は走行中最大三センチメートルの上下動が計測されているから、そのことによるプラス誤差の可能性があると主張する。たしかにループセンサーの特性として、センサーから遠ざかるほど感度特性が悪くなるので、スタートループを感度特性の悪い高い状態で進入した車両が、ストップループで感度特性の良い低い状態で通過した車両は、真の速度より早く計測されることになり、プラス誤差が生ずることになる。

そこで検討するに、高山資料解析研究所作成の報告書によれば、被告人車を本件違反現場で時速六〇キロメートル、八〇キロメートル、一〇〇キロメートルで各二回合計六回走行させて、二秒間毎秒一六こまのカメラで測定したところ、最大三センチメートルの上下動が計測されたということであるが、もとよりこれは実験の際の計測であつて、平坦な舗装道路に設置されている本件スタートループとストップループの間6.9メートルを走行する間にそのような上下動が生ずるのかどうか定かではなく、特に時速一〇〇キロメートルの場合6.9メートル走行する所要時間は0.25秒、時速一二〇キロメートルの場合は0.2秒であるから、その間に実験による最大計測の上下動が生ずることははなはだ考え難いことであり、右実験の結果をみてもそのようなものはうかがわれないのであるが、それはとも角として、三センチメートル上下することによる誤差を検討するに、原審第一二回公判廷における佐瀬攻の証言によれば、高さ四〇センチメートルの標準感知体によつて実験した結果によれば、高さ三センチメートルの上下動は横(走行方向)に2.4センチメートル変化する場合に相当するということであるから、これの六九〇センチメートルに対する割合は0.35パーセントとなり、この場合は0.35パーセントのプラス誤差の生ずる可能性があるということになる。弁護人は、被告人車の車高は他の車に比して低いので高さ四〇センチメートルの標準感知体によつて実験した結果によつて判断するのは適当ではないと主張するが、感応曲線に影響を及ぼすのは電気核の高さであつて、車両の高低がそのまま直ちに電気核の高さになるものでないことは原審証人佐瀬攻の原審第一三回公判廷における供述によつて明らかであるから、所論は採用の限りではない。

(4) さらに所論は、進入角度によつてもプラス誤差の生ずる可能性があると主張する。そこで検討するに、原審証人佐瀬攻の原審第一二回公判廷における供述によれば、ループセンサーへ進入する際の角度によつて感応曲線に変化のあることが認められるところ、先ず、スタートループとストップループを同じ角度で通過する限り、スタートループにおける感応曲線の変化もストップループにおけるその変化も同じであるから、計測結果にプラス誤差の生ずる可能性のないことは明らかであり(もつとも斜め走行によつて、スタートループを感度特性の悪い端の方を進入し、ストップループで感度特性の良い中央部分を通過することになつた場合は、横ずれの問題であつて、この場合は、前記(2)において検討ずみである。)、問題となるのはスタートループ進入時とストップループ通過時の角度を異にする場合であるが、時速一〇〇キロメートル以上の高速で僅か6.9メートルの間隔に設置してあるスタートループとストップループを異なる角度で通過することは通常はないことであつて、あるとしてもそれは極く僅少なものと考えられるから、進入角度によるプラス誤差を考える必要はほとんどないものと思われる。

(5) 所論は、また、ループコイル周囲の金属の影響によるプラス誤差があるという。そこで検討するに、原審証人佐瀬攻の原審第八回公判廷における供述によれば、本件のようなループセンサーはその感応曲線が周囲の金属量によつて変化するため、センサーを設置する際は、その場所の金属量を調査し、スタートループとストップループの感応曲線が相似形になるところを選んで設置する必要があるものであるところ、本件ループセンサー設置についても、そのような調査をし、感応曲線がほぼ相似することを確認してなされたものであることが認められるから、本件オービスⅢに所論のようなプラス誤差の生ずる余地はない。

(6) また所論は、妨害電波等外乱の影響によつてプラス誤差が生ずるというが、本件においてそのような要因のあつたことは全く認められず、所論は、単なる一般的可能性を主張するにとどまるものであつて採用の限りではない。

4  以上検討したとおり、本件記録上考えられるプラス誤差は、所論を最大限採用して考えても、左右のずれによる約一パーセント及び上下動による約0.35パーセントの合計約1.35パーセントにとどまるものであつて、前述のように本件オービスⅢが、プラス誤差を生ずることを防ぐため6.9メートルに0.975を乗じて2.5パーセントの許容範囲を設けている限度を超えるものではない。

所論は、プラス誤差を生ずる各場合について、種々の状況を設定してプラス誤差を推定し、その合計は2.5パーセントの許容範囲を超えるものであると主張するけれども、それらは本件事案を離れた一般的可能性に関する独自の想定を前提とし、かつ、具体的な裏づけのない推定に基く主張をなすものであつて本件事案の判断にとつては到底採用することのできない謬論であると言わなければならない。

このことは、前記のごとく、本件違反前の昭和五九年三月二日及び本件違反後の同年八月二四日本件オービスⅢについて各一五回走行テストをした結果、すべてマイナスであつてプラス誤差を生じたことのないことによつても裏づけられており(第一車線のものも同様であつたことは前記のとおりである。)、特に同年八月二四日のものは、パトカーではなく種々の車種の一般通行車両によつてテストされていることは、通常の走行によつてはプラス誤差自体の生ずる可能性のないことを示しているものと思われる。

5  ところで、被告人は、捜査段階から、本件現場附近ではオートクルーズを時速一〇八キロメートルにセットして走行していたのであり、また時速一〇八キロメートルを超えないと作動しない警報音も鳴つていなかつたのであるから、時速一二二キロメートルもの高速で走行した筈はなく、被告人車の速度計が時速一〇八キロメートルを指示している場合の真の速度は、時速約一〇〇キロメートルであるから、被告人車の当時の速度は時速一〇〇キロメートルにとどまるものである旨述べている。

そこで検討するに、関係証拠によれば、本件オービスⅢは、前記のごとく、スタートループとストップループで通過車両を感知し、それが予め設定された一定の速度を超えるものについては、ストップループから約一五メートル進行した一定の地点に焦点を合わせたカメラにより、諸データーとともにその走行車を同一フィルム上に撮影、表示する構造になつていること、このように一定の地点に焦点を合わせたカメラで走行車を撮影するためには、スタートループとストップループで計測した速度で、ストップループから約一五メートル進行した一定の地点に走行車が到達するのに要する時間を算出し、その時間経過時に自動的にシャッターが切られる構造になつていることが認められ、この機構に従つて正常に撮影された写真は、すべて走行車の前輪がフィルムの最下端に到達している状態になつていることは、原審証人大藤孝雄の供述、司法巡査大藤孝雄作成の昭和六〇年一一月八日付道路交通法違反被疑事件捜査報告書添付の写真、昭和五九年三月二日及び同年八月二四日点検の各定期点検成績書添付の写真によつて明らかであり、もし計測速度が走行車の真の速度と異なる場合は、その走行車の写つている位置が前後にずれる結果となるわけである。したがつて、被告人車の計測速度は時速一二二キロメートルであるのに、もし真の速度が時速一〇〇キロメートルであつたとすれば、被告人車がストップループから約12.29メートル(15メートル×100/122)進行した地点で撮影されることになり、本件の写真の位置より約2.71メートル後方、被告人車の車長は約4.60メートルであるからその半分以上後方に撮影されていなければならないことになる。しかしながら、被告人車も他の多くの写真の場合と同じく正常な位置に撮影されていると認められるのであるから、この点から言つても、被告人の供述が措信できないことは明らかである。被告人車の違反当時の同乗者Aは、原審公判廷において、被告人の供述を支持する証言を行なつているが、その供述の信用性のないことも右と同様である。

6  以上詳細に説示したとおりであるから、所論のような事実誤認はなく、原判断は相当である。

六  論旨第五について<省略>

第二被告人の控訴趣意について<省略>

以上のとおり、論旨はすべて理由がないので刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岡田光了 裁判官近藤和義 裁判官坂井智)

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